| Cetasika:心所 | Aññasamāna cetasika:同他心所 | Sabba-citta-sādhārana cetasika:共一切心心所 | phassa:触。六処(眼耳鼻舌身意)にそれぞれの対象(色声香味触法)が触れること。 |
| vedanā:受。六処で触れた情報を感じる作用。 | |||
| saññā:想。六処で触れた情報を区別する能力。 | |||
| cetanā:思。行為の動機づけ、意志の作用。 | |||
| ekaggatā:一境性。認識対象に集中する能力。 | |||
| jīvitindriya:命根。生きている機能、生命エネルギー。 | |||
| manasikāra:作意。心を作動させるエネルギー、認識を促す作用。 | |||
| Pakinnaka cetasika:雑心所 | vitakka:尋。認識対象を心に乗せる。基本的な論理作用で、対象を認識する際に必要。 | ||
| vicāra:伺。認識対象をつかまえ続ける。対象を深く理解するために細やかに考察し続ける作用。 | |||
| adhimokkha:勝解。心を対象に結びつける。認識対象に心を固定させる作用。 | |||
| viriya:精進。努力しようとするエネルギー。意志を持って何かを成し遂げようとする力。 | |||
| pīti:喜。喜ぶエネルギー。内外の刺激に対して自然に生まれる喜びの感情。 | |||
| chanda:意欲。やる気。何かをしようとする単純な動機づけのエネルギー。 | |||
| Akusala cetasika:不善心所 | Akusala-sādhāraṇa:痴 | moha:痴。無知、愚かさ、ものごとの真の側面に気づくことができないこと。無知で生きている私たちは、ものごとをはっきりと正しくとらえることはできない。 | |
| ahirika:無慚。恥を知らない心。悪いことをするときに「これは人間として恥ずかしいことだ」という心が無いところから生じるエネルギー。 | |||
| anottappa:無愧。怖れを知らない心。自己コントロールができないはたらきで、怖がらずに悪いことをしてしまう。 | |||
| uddhacca:掉挙。落ち着きのない心、混乱状態。人が悪いことをするときは、正しく物事を把握できずに混乱している。 | |||
| Lobha:欲 | lobha:貪。六処(眼耳鼻舌身意)によって得られた情報を受け入れるはたらき。貪は巨大な心所で、生命は欲で行動する。 | ||
| diṭṭhi:見。邪見、間違っている考え方にしがみつくはたらき。見がはたらくと心の自由はなくなり、心は小さく狭くなる。 | |||
| māna:慢。「私」という概念を規準に他と比べたり計ったりするはたらき。慢も貪と共に生じる心所で、自分の立場を守りたい気持ち。 | |||
| dosa:怒 | dosa:瞋。怒り。自分が得た情報を拒否するはたらき。怒りは自分のわがままから生じ、欲と同様に刺激を求める心。 | ||
| issā:嫉。ねたみ、嫉妬。自分にないものが他人にあるという状態に対する怒りで、嫉妬する人は苦しむ。 | |||
| macchariya:慳。物惜しみ。自分のものを分け与えたくないという心で、社会的な貢献をしようとしない。 | |||
| kukkucca:悪作。後悔。自分が悪いことをしたと自分に対して怒ることで、後悔は心を暗くする。 | |||
| その他 | thīna:惛沈。心の力を弱くするはたらき。やる気がなくなり、心の活発なエネルギーがなくなる。 | ||
| middha:睡眠。心の機能を鈍くするはたらき。瞑想中には特にこの心所がはたらいてはならず、心のはたらきをすべて鈍くしてしまう。 | |||
| vicikicchā:疑。心の進歩を止める疑い。疑のある人は精神的に不安定で、智慧が育たない。 | |||
| Sobhana cetasika:浄心所 | Sobhana-sādhāraṇa:共浄心所 | saddhā:信。自由で正しい判断による確信。心の汚れを沈めて清らかにし、明るく活発に行動させる基本的な心の状態。 | |
| sati:念。現在の自分の状態や状況に気づき、心を自由にする。瞬間の気づきが善行為へと導く。 | |||
| hiri:慚。不善行為を恥ずかしいと感じること。世の道徳秩序を守る重要なはたらき。 | |||
| ottappa:愧。不善行為を怖がること。悪行を避けるための心の働き。 | |||
| alobha:無貪。欲から離れるエネルギー。自由と楽をもたらし、布施を通じて身軽になる。 | |||
| adosa:無瞋。認識する対象を否定しないこと。対立を避け、優しさを育てる。 | |||
| tatramajjhattatā:中捨。認識する対象に対して客観的で冷静な態度。主観的な感情を超えた平安な心。 | |||
| kāyappassaddhi:身軽安。体のリラックスと安息。 | |||
| cittappassaddhi:心軽安。心の安息と落ち着き。 | |||
| kāyalahutā:身軽快性。体の軽やかさと活動性。 | |||
| cittalahutā:心軽快性。心の軽快さと快活性。 | |||
| kāyamudutā:身柔軟性。体の柔軟さ。 | |||
| cittamudutā:心柔軟性。心の柔軟さと適応性。 | |||
| kāyakammaññatā:身適合性。体の適応性と行動の適合。 | |||
| cittakammaññatā:心適合性。心の適応性と目的に対する心の動きやすさ。 | |||
| kāyapāguññatā:身練達性。体の熟練と上手さ。 | |||
| cittapāguññatā:心練達性。心の熟練度と上手さ。 | |||
| kāyujukatā:身端直性。体の直率性と正直さ。 | |||
| cittujukatā:心端直性。心の直率性と誠実さ。 | |||
| Virati:離心所 | sammāvācā:正語。正しく真実な言葉を使う心のエネルギー。 | ||
| sammākammanta:正業。社会や他生命に対して害のない正しい行為。 | |||
| sammāājīva:正命。害を与えず、人の役に立つ正しい仕事や職業。 | |||
| Appamañña:無量心所 | karuṇā:悲。他者の苦しみに対する共感と助けの心。 | ||
| muditā:喜。他者の幸福を素直に喜べる心。 | |||
| Paññindriya:智慧 | pañña:慧根。無常、苦、無我の真理を正しく理解する智慧。 |